【サッカー書評】西部謙司の戦術クロニクル「ゼロ」でバルセロナの刻の涙を見た。【サッカー大考察】

書評

サッカーピックス

2008年から続く人気シリーズ、戦術クロニクルの「ゼロ」版。1、2、と続いてんなんぜ次が「ゼロ」なのかと問われれば「巻数が大きくなると新しい買い手がつきにくい」からじゃなくて10年の時を経てリファインされるから。だから前巻を読まずとも楽しめる。むしろこっちから読んでほしいまであるのかな、と夢想する。

メインテーマはトータルフットボール。オリジンの無印「戦術クロニクル」によるとそのトータルフットボールとは「現代的または未来的」で「チームプレー」で「魅力的」であること。僕らが一番わかりやすくイメージするなら2008年ペップ・バルセロナ、ということで、シリーズの原点もそこにある。08-09シーズンはアイドルがロナウジーショから21歳のメッシに変わり、3トップだけで100得点(どういうことなの……)。ヤケにグジョンセンがいい味だしていた記憶が僕には残る。ちなみにブスケツはこの年トップチームデビューとのことで、ちなみにクロニクルは「年代記」の意味を持つ。

トータルフットボールは一度死ぬ。偽9番が現れる。

本書によれば、トータルフットボールは一度戦争によって死を迎えている。シンデラーとビカンという2人の天才は軍部ににらまれて姿を消し、その源流であるブンダーチーム、オーストリア代表そのものもドイツに併合されたためだ。その事実を克明に描くことで、ドラマティックな「年代記」としての価値を高めていることに注目。ただの戦術論ではありません、というところ。

やがてトータルフットボールは「偽9番」にその答えを見出していく。ペップがイブラヒモビッチをシカトしてメッシを据えたそれは、今でも鮮烈な印象を僕たちに残している。

本書が巧みなのは、その系譜を年代順に整理しすぎず、あえてごちゃまぜを残すことで読み物としての機能を獲得していることだろう。クロニクルは教科書じゃないから、僕たちにとってはありがたい。フットボール的に言えば、編集者が西部謙司に自由を与えた攻撃サッカー、というところだろうか。そしてようようと本書を読み進めていくうち、ちょっとしたうんちくが身につくのも楽しいところ。それをちょっぴり披露するなら、今や本田圭佑はガリンシャの後輩ということになる。

次代を超えて、世界へ広がるトータルフットボール。

本書では年代記としての使命を果たすべくセレソンのほかにもマラドーナやロナウドにも言及するが、やはり著者の本領が発揮されるのはバルセロナの項ということになる。ドリームチームは決してドリームじゃなかったと証言し、その進化系としてペップ・バルサを紹介するが、「ティキ・タカ」が時として退屈であったことも公平に肯定したりする。しかし、クライフ、ライカールト、ペップと続くベストプレイヤーたちの栄枯盛衰は、それだけで不思議なノスタルジーも醸し出す。ロナウジーニョは今どこでボールを蹴っているのだろう? そしてペップはイングランドに去った。

バルセロナはアンリを喪ったころ一度輝きを消したが、スアレスを得て再び息を吹き返した。スアレスがフレッド・ブラッシーだったことはそれなりに忘れ去られようとしている。そしてペップはマン・シティで伝説となり始めている。

トータルフットボールはイビツァ・オシムもかつて目指したそうだが、それは永遠にできないものだという。時は流れ、クライフの孫たちは神戸で走り回っている。

(アラヰフミ)

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