本書を経て、彼はベストセラー作家となったわけだから説得力も抜群。思わず読まねばなるまいと息巻いても仕方ないところである。
今は本田圭佑番からカンボジア代表のスタッフとしても知られる木崎伸也の著書。刊行された2010年はおりしも南アフリカワールドカップ。不調にあえぐ日本代表が岡田監督のもと本田圭佑の1トップを採用。のちに伝説となる本田圭佑のブレ球フリーキックと両翼を広範囲にカバーする松井大輔と大久保嘉人が頑張りに頑張った伝説のワールドカップとして記憶に残る。本書はその後、2012年には10刷りを達成したという大ベストセラー。カテゴリとしてはサッカー書籍最大の売り時をつかむための「ワールドカップ本」ということになる。
つまり、「サッカーの見方が一日で変わ」ればワールドカップブームのさ中ちょっとした通ぶれるというわけ。しかし木崎伸也が「サッカーの見方は1日で変えられる」と気づいたのは2004年6月、ジーコ監督体制下でマンチェスター遠征の際、風間八宏の薫陶を得た事からだという。ちなみにその試合は1-1のドロー。日本代表相手にマンチェスターで引き分けに終わったエリクソンは「午前中に練習していたから」とすさまじい言い訳を残している。
話は逸れたが、本書では手始めに「ボースが縦方向に進んでいるかをチェック」しろという。パスが横に横に進むチームはよくないという論調だ。……それ完全にジーコジャパンのことじゃないの、とジーコへの悪意を勘繰るのは僕がおそらく悪い大人だからだろう。「あいまいな表現を使うのはやめよう」。ううっ、身につまされる名言である。
その言葉を証明するかのように、本書は明快なテーマにそってリズムよく進んでいく。あらゆる書籍のお手本といった構成からは、著者の誠実な人柄も読み取れる。テーマもクソもなく乱暴な口述形式で「これキャバクラの会話そのまま収録してるんじゃないの?」と思われるような怪書もある中、このような本に出合うと救われるような気持にさえなる。というのは僕が疲れすぎているだけかもしれないけれども。
本書を読み進めると、サッカーにおけるジャーナリストの必要性が浮かび上がってきた。異論はあるにしろ、サッカーの本質はわかりにくいスポーツだということなのである。ボクシングのようなKOはないし、プロレスのように男心を満たす華麗な大技が毎試合見られるわけでない。ラグビーで人を引きずりながら走る光景は、それだけで人を虜にするフォトジェニックである。しかしサッカージャーナリストは、その隙間を埋めて僕らをより楽しませてくれる。例えば格闘技界はそうやって「タップアウト」がいかに魅力的であるかを世界に証明してきた。
「攻撃は「水」のように、守備は「氷」のように」、「采配の狙いは2通りしかない」なんてパワーワードやスティーブ・ジョブスを、中田英寿という刺激的なセンテンスで読者をだれさせない工夫も見逃せない。参考元が「野村ノート」であるというなら読者は黙って聞くほかないというわけで、このテクニックはジャーナリスト志望の方も参考になるところが多いはず。
なお、本書にはモウリーニョがチェルシー時代に選手に配ったというスカウティングレポートが掲載されている。当時のニューカッスルといえばシアラーとオーウェンの2枚看板、そしてぐちゃぐちゃになっても守護神シェイ・ギブンがなんとかしてしまう、というい古き良きプレミアのサッカーを具現化したようなチームだった。それをモウリーニョをバッサリと斬って落とす様子は指導者にとっても非常に参考になるはず。そしてさらに、巻末には不評にあえぐ岡田【南アフリカ】ジャパンをマルバツで採点……。これには不思議な笑みを提供してくれること必至である。
(新井一二三)