
「サッカー戦術とは何か?が誰でも簡単にわかるようになる本」。戦術とは何かと聞かれれば、それは「戦うための術」でしかないけれど、その言葉の根源に挑むがごときタイトルがまず意欲的。著者はサッカージャーナリスト界きっての戦術論客、西部謙司とSAL編集長の北健一郎。つまり本著は指導者でもプレイヤーでもないジャーナリスト側から見た戦術種本、ということになる。これは、サッカー界に対するひとつの挑戦といってい。ちなみに発行所はマイナビ。
とはいえページをひらけば最初のテーマは「ドリブルで抜けるようになるコツ」である。えっそれ戦術なの……と誰だって思う。僕だって思う。しかしそこを西部(もしくは北)はうまく利用。大人の事情で総論的な見出しを捧げられた戦術テーマを、あの手この手で自らの戦術論述に置き換えていく姿が涙ぐましい。たとえばドルブルの項ならメッシとバルセロナに置き換えてその妙を体現。でもそれは「コツ」じゃないじゃん……という気はやはりするが、図解を交えてそれを説明する様はなかなか味わい深い。そもそも本書を読む層は「コツ」を知りたいわけでもなさそうだし問題もなさそうだ。
戦術論に秘められた論客のなせる業。
そう読み進めていくと、ジャーナリストの戦術本とは「あるある……ねーよ」と著者との対話を楽しむひとつの娯楽であることに気づく。「カズにスピードはない」と書かれたら「でもキレは尋常じゃなかったじゃん。むしろ今の基準で言ったらなかったのは「うまさ」じゃないの」とは思うけど、それを誘うこそからの戦術本。突っ込んだら負けというか、きっと突っ込ませること自体に意義がある。
結局のところ、本書の最大の魅力は見開きごとに設定された西部謙司の「戦術ストーリー」と題されたコラムにある。前述のカズしかり、選手の個人名を交えて展開するコラムはさすがのきらめきに満ちていて、どれも飽きさせない。クライフからゴールを護ったベッケンバウアーの逸話は賀川浩さんの十八番だよね……? なんて思いつつ……。おっと、突っ込んだら負けてしまう。
少なくとも、本書には写真だけを並べた凡百の指導書の数倍は価値があるし、サッカー人生のなかで読んでおいて損はない類の良書であろう。実際に、大人の事情を華麗に遂行した本書は10刷りを超えるヒット書籍として君臨……どうも文庫版すら発売されているようだ。西部謙司のプロ・ライターとしての底力が垣間見える一冊である。