こんにちは、新井一二三です。今回は異能のテクニック集団、「静岡学園」の名将、井田勝通の著書「静学スタイル-独創力を引き出す情熱的サッカー指導術-」をご紹介します。
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そのサッカーを実際見たことがなくても、「静岡学園」といえばどんなサッカーかまぶたに浮かぶ。個人技重視の華々しいサッカー王国「静岡」の代名詞的伝統高校。
その礎を築いた伝説の監督、井田勝通の著書が「静学スタイル-独創力を引き出す情熱的サッカー指導術-」だ。
なにしろのっけから子供の声掛けに「バカヤロー」は必要と現代のコンプラ社会からは考えられない文言をうたうが、それは本書の神髄ではない。
現代と本書が発売された2015年ではそれなりに世相も違うし、なにしろ静岡学園を「静学」たらしめた名将の一冊である。少なくともただの一冊でないことは確かなのだ。
「静学」のスタイルに込められた育成への情熱。
「静学」に込められるイメージにはなんとなく悲劇的なものがつきまとう。美しいが勝てない。むしろ、美しく負ける。
2019年に高校選手権で優勝したことを、むしろ「静学らしくない」と感じた諸兄は多いはずだ。それもそのはず、本書ではそのスタイルを「理想」と表現。
自身の指導を芸術に例え、選手の未来のためのサッカー、育成を重視すると断言するその情熱はのっけから狂おしい勢いだ。
何しろ本書冒頭から当時の代表監督、ハリルホジッチの手腕を事実上の猛批判。格下の相手には遊びながら7-8点取って勝たなければいけないと言い放ち、FIFAランキング50台のチームだと断罪している。
このあたりは、しがらみから解き放たれた老翁こそで、本書がふつうの指導論書とは違う次元であるこその切れ味ということか。
いやもしかしてJFAになにか恨みでもあるんだろうか……と考えると、そのキャリアを想像するに「まぁあるんだろうな」、と邪推は尽きない。
とにかく勝つには意外性のある選手が10人必要だと言い放つ。(ちなみに吉田麻也は意外性のある選手とのこと)。ウソでしょ……オシムは「エクストラキッカーは2人まで」って言ってたじゃない……。
なんて読んでたらJFAの指導マニュアルを真っ向から批判。これを掲載した出版社に敬意を表するレベルだが、だいたい書評を書いている僕でも相当怖い。
昭和を生き抜いた圧倒的な個の力、それが本書からほとばしる。その原動力は、サッカーへの情熱と解釈するのが適当なんだろう。
「静学」スタイルの原点にあるレジェンドの姿。
「静学スタイル-独創力を引き出す情熱的指導術-」が本書のタイトルではあるが、どちらかといえば指導論よりも昭和を生き抜いたサッカー人の「英雄譚」と表現したほうが説明がつくような気がする。
なにしろ父はシベリア抑留、自分は3歳で奉天からDDTをかぶって命からがら焼津へとたどり着く、という本書の切り口である。育成関係なくない?と思わなくはないがそれはそれで興味深い。
ちなみに戦後をどうやって生き抜いたのかと思ったら、実家が神主だったから食うには困らなかったそう。これを隔世の感といわずしてどう表現するべきか。そして井田の最初の先生はラバウルで裸足でボールを蹴っていたとのことである。
しかし、「マジック・マジャール」のサッカー指導書を翻訳して指導したというのだからその熱量や恐れ入る。
その指導もあり、大学在籍時に指導した慶応高校のサッカー部は見る見るうちに実力をつけていったという。そして、静岡学園監督に就任したとき、イメージしたのはペレの存在……。
井田が静岡学園在籍時に送り出したJリーガーは脅威の63人。
しかし、30~50人は才能があったにもかかわらず、モノにならなかった。その理由を、選手が「スイッチ・オン」できなかったからだと言う。
心に火をいかに灯すか。
静学サッカーの根底に眠る哲学にはそれがある。そして、井田は指導者に向けて日本にはない言葉「コブランサ」を贈っている。それは下剋上とか野望、みたいな意味かもしれない。
四面楚歌のなかで貫いた攻撃的スタイル。
本書で井田は、サッカーの原点はドリブルにあると断言している。日本にはびこっていたかつてのサッカー観……「個人プレーは悪」というまじないが根付いていた過去において、その指導を実践するのは、並大抵のことではなかっただろう。
本書ではその深い情念がいたるところに押し込められている。それが国レベルで解消されたのはおそらくオシム以降。「インテンシティ」がことさら叫ばれた時代まで待たねばならない。そこから、たった10年ぽっちで日本のサッカーは飛躍的に向上した。井田はそれを50年も前から実践していたのである。そして、本書における指導術のハイライトは「ボールに100万回触れ」だろう。
余談。数あるエピソードの中で「ゾーンディフェンス」、「練習中にサンバを流した」なんて言葉、微妙に加茂周の香りがするな、と思ったらやはり彼とは懇意らしく、かなりの敬意を抱いている模様。また彼が標榜する「ナイトサイエンス」の正体にもぜひ注目いただきたい。(新井一二三)
■本書で得られる知見
- ボールに100万回触れ。
- 心にいかに火を灯すか。
- 日本にブラジル体操を輸入したのは井田。
- 近年は2対1の場合バスを出すらしい。
- 指導者には「ナイトサイエンス」が必要らしい。
(詳しい内容はぜひ本書でお確かめください!)
静岡学園悲願の初優勝!トレーニング動画も!関連動画は次のページから。