「メガネロック」ボーカリストさながらの甘いマスクと優しい語り口で知られるサッカージャーナリスト、小澤一郎の著作は、ビジネス書でもなく戦術論でもない意欲的な表題から始まる。「サッカー選手の正しい売り方」。何かへのアンチテーゼなのか、それとも別の思惑があるのか。
発売は2012年初頭だからサッカーの暦としてはロンドンオリンピック。若手選手の見本市的側面のあるこの大会で大活躍したオーバーエイジの吉田麻也はVVVフェンロからサウサンプトンへと思惑通りのステップアップを果たし、ほかにもW酒井に宇佐美、清武、東、永井謙佑と名うての選手がズラリと並ぶ。
このなかで正しく売られなかった選手って誰なんだろう……。と考えてしまうのは邪推が過ぎる? たぶん99%の人が同じ選手を指すだろうが、みんなきっとその選手が大好きなハズだ。僕だって大好きで、できるなら彼に生まれ変わりたいって思うほど。お嫁さんもキュートだし。
その檄文は「蒼天已に死す」?
イベリア半島に詳しくスペインには5年滞在したという小澤は冒頭で本書を日本サッカー界への提言とし、かなりの強い論調で「弱腰のフロント」と日本サッカー界の少なくとも一部を斬って捨てている。僕らがよくモニター越しに見ているベビーフェイスとは大違い。垣間見せたキラー・インスティンクトといった趣である。
だけど、当時0円移籍を果たした選手が香川、岡崎となれば納得できる。当時はまだ、人気選手を海外へ「優しく送り出す」という時代だった。少なくとも、世論はそうだった。
さらに本書を今の世俗で楽しむとすれば、そのあふれんばかりに燃え滾ったサッカー界への義侠心だと思う。誌面一面一面丁寧に検証と考証と論証を交えてその「悪」を払拭しようとするさまそのものに敬意を表するし、その熱情そのものが旋律となって僕らの胸を打つ。あえて「売れセン」でないタイトルを持ってきたのも小澤一郎の心意気と解釈すれば、また胸を打つ。
礼をもって事をなす。それが示すベビーフェース。
しかし本書で小澤は、取材協力者を一方的にこき下ろしたりはしていない。難しいお題目を日本の関係者から引き出した手腕は、彼の誠実さによるものだろう。エージェントには礼儀がない、という言葉には賛否あるだろうけども、少なくとも小澤には礼を尽くしてその言葉を発信している。その姿を日本のサッカー・ジャーナリズムの教科書として見てもいいと思う。
さて現在のサッカー界はどうだろうか。バルセロナ、レアル・マドリー、インテル、アーセナルetc……が直接日本の子供たちに食指を動かしている。ここで世界的天才クラスの久保建英や中井“ピピ”卓大を持ち出すのは無粋だとしても、インテルアカデミーは城彰二を旗頭に「超々」激戦枠の東京であっという間に結果を残してる。
イニエスタは300億。そして若人は海を渡る。
もしかしたら、育成機関を必須としたリーグ規定自体が間違いだったのかもしれない。与えられた枠組みは競争原理を喪わせ、結果健全なビジネスであるべき選手育成がコスト高のボランティア機関となっていないか?
話は逸れたが、バルセロナはイニエスタひとりで300億円であると語った。はした金のC契約制度はそのまま。日本人は島国を離れ、自らを売り込みに行く時代が始まっている。
やがて今日はDAZNという黒船が来日し、Jリーグに巨額の資金を提供した。それはあぶく銭かもしれないし、そうでないかもしれない。その泡をはじけさせるか美しく宙に舞わせるかを決めるのは、結局日本人だ。
ちなみに、2012年のロンドンオリンピックのアイドルはネイマールで、大津裕樹はスペインをやっつけた。オールド・トラフォードで日本代表の前に0-3で散ったエジプト代表には、のちの偉大なるファラオがあらわれている。
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【大津祐樹】キレキレ!ロンドンオリンピック前の彼は本当に凄かった