テリーの横で「クライ・ベイビー」が真のトップ選手となった瞬間でもあった。
史上初めてプレミア勢同士の試合となった07-08チャンピオンズリーグ決勝。舞台となったモスクワ、ルジキニスタジアムはロシア最大の収容人数を誇るメガ・スタジアム。
2018年にはロシア・ワールドカップの決勝となり、レフ・ヤシンの引退試合では10万人のサポーターを集めたという伝説の地だ。
ユナイテッドはファーガソン政権の絶頂期。
まだ若きエースのC.ロナウドを筆頭にルーニー、テベス、スコールズ、ファーディナンド、ファン・デル・サールと超一流の選手だげで2チームは作れようかという陣容。この年を中心にプレミアリーグを3連覇(!)。
対するチェルシーはドログバを中心にランパード、バラック、マケレレ、テリー、カルバーリョ、ツェフと顔ぶれでは負けていない。しかしこのとし絶対的存在だったモリーニョはシーズン初めにまさかの「ほぼ解任」をされていたが、こちらも04-05、05-06とプレミア2連覇を果たした陣容が中心。
覇権を賭けたプレミア黄金の2チーム。
前半はユナイテッドが優勢に試合を進める。
ドリブラーとして全盛期だったC.ロナウド、おそらく対策として起用されたであろうエッシェンをやすやすとブチ抜きクロス。これは天才ハーグリーブスに合わず。
そして21分、スコールズがマケレレにたいして極めて故意に近いような……ロイ・キーンを思わせるジャンピング・ローリング・エルボーでイエローカードをゲット。詰め寄るバラック。試合はヒート。
そして直後の26分、「ギャリー・ネビルのサブ」だったウェズ・ブラウンがランパードとのデュエルを制して逆足でアーリークロス。それをC.ロナウドがジャンピング・ヘッド! 絶妙な距離から絶妙なコースへ放たれた一撃は名手ツェフをもってして一歩も動けない!
ユナイテッド先制、1-0。
しかしチェルシーもバラックの覆いかぶさるようなダイビングヘッドでユナイテッドに迫る。が、これはファン・デル・サールがビッグ・ビッグセーブ!
しかしこの頃のC.ロナウドは足元で持ったら手が付けられない。二人がかりでも寄せることさえできず、やすやすとクロスを上げてしまう。
というかDFたちはもう諦めているようにさえ見える……。それからテベスのヘッド! しかしツェフがセーブ、テリーのクリアミスをキャリックがどフリーでシュート……がツェフがまたしてもこれをブロック。ツェフ&ツェフ&ツェフ!
クロス中心のユナイテッドが時に淡白になるのはファギー・あるある。
前半終了間際、エッシェンのシュートのこぼれ球にランパードが抜け目なく走りこんで1-1。3点差をつけそうな試合でまさか同点にされてしまう。
チェルシー自慢のセンターラインがこぞって雄たけびを上げる。よく見るとファン・デル・サールがらしくなくスリップ。前半終了、「こんなはずじゃなかった」というC.ロナウドの顔が印象的。
後半開始。流れはチェルシー。中央での肉弾戦、バーを叩く強烈なシュート。乱闘まがいの雰囲気。チャンピオンズ決勝というよりディス・イズ・プレミア!といった様相。
しかし柔らかい芝が選手の身体を蝕む。
ファーディナンド、足の痙攣。グラントはいつも通り立ち尽くしたまま。92分にカルーin。後半終了。1-1のまま延長戦へ。
延長開始直後、グラント、アップなしでアネルカとJ.コールを交代。アネルカ激怒。でもゲームは続く。延長終了間際、テリーとテベスのいざこざからドログバがヴィディッチを引っぱたいて一発レッド。
「かかってくんならかかってこいやコラッ」という雰囲気だけど一発レッドでなぜか呆然。勝負はPKへ。
イタリア人が「これだからプレミア勢は」とこぼすだろうスペクタクル展開。
だけど僕たちは熱狂する。
PK3人目C.ロナウド、フェイントからのシュートだが甘いコース。ツェフが冷静に対処してユナイテッドは絶体絶命。
うつむくC.ロナウド。テリー、最後の5本目。決まればチェルシー初のCL優勝……。
うそだろ……。
テリーが軸足からスリップ。オランダ人は逆に飛んでいた。そんなバカなことがあるのか……。
CL史上もっとも残酷なPK。頭を抱えるテリーにロシアの雨が降り注ぐ。
アネルカ、生気なくPKスポットに向かう。甘い甘いコース。ファン・デル・サール、ストップ。
マンチェスター・ユナイテッド、CL3度目の優勝。
テリーは空を仰ぎながら泣いた。そして、C.ロナウドはうつ伏せで涙を懸命に隠した。
仲間たちがテリーを励ますが、過ぎた時間は取り戻せない。
勝者と敗者、あまりにも残酷なコントラスト。
そこに戦術はあったのか? 少なくともグラントにはなかっただろう。しかし、どこまでも記憶に語り継がれる試合。それこそがプレミアのパッションなのかもしれない。
ちなみにC.ロナウドはこの年公式戦通算42得点を記録。初のバロンドールにも輝いた。